ゴルフ

ゴルフと健康 波瀾万丈人生 ゴルフはとても奥の深いスポーツです
       ゴルフとは
我が人生の    
       縮図なり 
        1983年6月吉日 成康          

◆ ゴルフと健康 ◆


ゴルフとは わが人生の 縮図なり』 私がこの句を口にするようになったのはゴルフを始めて10年目のことだったかな〜(^_^;)。

私の人生そのものがゴルフの各ホールで起こるドラマチックなショットのような人生だからです、30過ぎてゴルフを始めて只今63歳・OB・バンカー・池ポチャ・タマにはバーデーありの波瀾万丈人生です。(^_-)-☆

ゴルフを人生で例えれば15番ホールのティーに立てるのかな『80過ぎ迄の人生』残り少ないホールをどう生きるのかOBは出来ない、かと言ってバーデー、イーグルは今の時代は私には無理みたい(-_-) 残りのゴルフ人生パーかボギーで収めようか?。

そもそも私がゴルフと出合ったのは、仕事の仲間2人に誘われて自宅の近くのゴルフの練習場に行き貸しクラブで9・7番アイアン・3番ウットを借りて仲間にクラブの握り方から教わり9番アイアンでボールを打ったのが始まりです。

それから2人の仲間と確か2度の練習後にゴルフクラブ・ハーフセット(ベンホーガン)ゴルフ用品一式を買いまして、JGA登録パー72のコースで2人にハンディーをハーフ5もらって初ラウンド、私32歳の11月初旬快晴の汗ばむ頃でした。

ベテランのキャデーさんの言われるままにクラブを使い、無我夢中でラウンドし18ホールのプレーが終わって見ればなんと何と私皆さんビックリ(@_@;)グロス93で上がり2人の仲間からお小遣いを頂きました(チット自慢(^^♪)

それまでのスポーツとの関わりは20代前半迄は軟式野球その後ゴルフとの出合いまではソフトボールでした、どちらのスポーツも仲間と楽しくやっていましたが,ゴルフと出合ってから私のスポーツ人生が変わりました。

しかしゴルフは本当に難しい、野球・ソフトボールでは遊び球が使えるピッチャーは3球まで遊べる、打者はストライク2球見逃す事が出来る後はファール何球打っても良い、ところがゴルフは一球も遊べないファールを打ってあるいはボールを投げてかわすことなんか出来ない、だからゴルフは難しいですね(-"-)

ゴルフは「老若男女・子供が同じ土俵で戦える」スポーツ。
戦うのはパートナーではなく、ゴルフコース・その時の自然・自分との戦いだと私は思う、こんなスポーツはゴルフ以外にはないと思います。

それからの私は、すっかりゴルフにハマっちゃいました、北は北海道から南は九州沖縄・台湾・グアム・シンガポール・オーオストラリア・シドニー迄ゴルフ旅が始まりましたのと、自分の腕が悪いのを棚に上げてゴルフクラブのせいにして次から次へとパター・アイアン・ウッドと買い替えるゴルフ三昧の人生の始まりです。

このページではゴルフ道に行き着くまでの私のゴルフ遍歴と、造詣を深める意味でも歴史を紐解いていきながら、共に私が愛してやまないゴルフというスポーツを語り合っていくサイトにしたいと思います。
ゴルフはイメージ・イメージトレーニングが大事だと思います、私の若い頃関西で活躍し、やがては全国区になりました山本 善隆プロがいましたスイングはとても綺麗なプロでした一度まじかで山本プロのスイングを見る機会がありました。
それは、プロ競技の大会での初日のことです、後にこの競技にポパイこと倉本昌弘プロが1981年6月にプロ競技初デビュー初優勝した競技ですプロ入りした1981年には5勝して賞金ランク2位に入るという鮮烈なデビューを飾っりました。

その競技に私の友人がアマで参加をした時その友人の応援に行ってラウンドに付いて回った時でした、それまではテレビでしか見たことが無く間じかで見るなんて夢にも思わなかった事が現実に起こりまして私一人感動しながら見ていました(^0_0^)。

すみませんその当時を思い出して興奮しまして話が脱線しました、話を元に戻しますゴルフスイングのことです女子プロの岡本 綾子スイングビデオを見たり又は男子の山本プロのようなスイングを自分でイメージをしながら練習をよくしました物まねをすることも大切だと思います。
夜寝床に入りゴルフスイングの事を思い出してイメージしているとなかなか寝れなく夜中に起きだして自宅倉庫にネットを張ってゴルフの練習をしていると2階で受験勉強中の子供に叱られ家族からゴルフ馬鹿と笑われました(-_-;)。

私のゴルフ三昧人生の中で色々なドラマ、エピソードがあります、その事に少し触れてみたいと思います私が入会しているメンバーコースでプロの凖トーナメントが毎年6月に開催されていました。

私もゴルフをやっている限り一度はプロゴルファーと一緒の競技に参加して、ゴルフをやって見たいと思いそのトーナメントのアマの予選会に自分の腕も返り見ず予選会に3年連続チャレンジしました。

最初の年の予選カットライングロス81で自分は83二年目は80で自分は82最後は78で自分は80でした見事に三度とも予選落ちでした。

3回のチャレンジで自分は前回よも
1ストローク2ストローク少なく上がるのですが予選カットラインの方がの上を行くので何度チャレンジしても駄目だと思い止めました、今思えば若気の無謀だったが楽しかったです。

腕に覚えのある若者達がこんな筈無いと顔しかめながらわれを忘れてラウンドプレーしてる姿が思い浮かびます。

古い話で申し訳ございませんが、92年11月5日いつものメンバー4人とゴルフ朝からいつもの冗談を言いながらのチョコレートを賭けてのラウンド、個人と二人ペアーでの握りOUTコースの4番ホールの182ヤードPAR3のコースでした。

メンバー4人が予想もしなかったドラマが起こりました何と一人がホールインワンを出ましたホールインワンだけであれば珍しくも無いのですがそのホールアウト後の一人一人のスコアが1・2・3・4でした。

そのうえ二人ペアーのA組のスコアが1・2B組のスコアが3・4でした握りの計算がもめましたホールインワンしたのは、めでたい事だから握りはチャラにしろと4・ダブルボギー叩いた彼が言い張るバーデーの彼は握りは別だと譲らない。

ちなみにホールインワンを出したのが私でしたので(~o~)このホールでの握りは無かったことにして次の5番ホールからはじめようと言う事になりました、私のゴルフ人生で後にも先にも初めての事でした。

数あるスポーツ界の中で唯一審判員の無いスポーツ、それがゴルフだ!!
マナー・ルールを守り老若男女問わず皆が平等にプレーができ感動と興奮を与えてくれる、また奥の深いスポーツは、他に見当たりません。
夢の夢・また夢のエージシュートに向かってティショット!!
ゴルフ人生って本当に楽しくって素晴らしい!(^^♪」

 
 
 
TOPページ
ゴルフの歴史
日本ゴルフの歴史
世界ゴルフ殿堂
樋口久子〜日本人初ゴルフ殿堂入り
岡本綾子〜女性初「国際投票部門」
ゴルフ殿堂入り
青木 功 〜ゴルフ殿堂入り
偉大なゴルファー
プロゴルファー 杉原 輝雄
ポパイこと倉本昌弘
ホールインワンが出る確率
ゴルフボール歴史
心の健康
眼瞼下垂
腰痛完全克服
食と健康〜食物
塩こそ生命の源〜塩
タヒチ・トンガの食生活
流木との出会い
桜の生命力
山菜・ワラビ
味覚の秋
趣味の句
プロフィール
リンク集
相互リンクについて
Copyright © ゴルフと健康 波瀾万丈人生 All rights reserved 
当サイト内の文章・写真・デザインの無断転載は禁じます。